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「惑星」と、「海をたがやすもの」。

武蔵小金井教室

 

 

「あゝ おまへは なにをして来たのだ と… 吹き来る風が 私に 云ふ」(中原中也)

 

 

こんにちは。武蔵野進学セミナー武蔵小金井教室の川原です。

 

個別授業でも、クラス授業でも、

ひとりひとりの生徒のことを思い浮かべながら、

いつ どの時期に、だれに なにを教えたらよいだろうか、ということを

つねに考え続けています。

 

ことしは、

それにくわえて

いつ どの時期に、だれに どんな本を読ませたらよいだろうか、ということを

考える仕事がふえました。

 

 

ことし6月に公開予定の映画『ある町の高い煙突』の原作を 生徒に読ませました。

その生徒は、「大正期のことに関心がある。」という話をしてくれたので、

それを聞いて、この本を読ませることにしたのです。

 

わたしとしては、それに関連して、「惑星」と呼ばれた 久原房之助を調べました。

日本史を教える身としては、

その伝記『惑星が行く 久原房之助伝』が、

明治・大正期の産業構造の質的変化を捉えることができた一冊として、おもしろかったです。

 

 

また、

世界史を指導するなかで

チェ・ゲバラの本を 生徒に読ませたので、

わたしのほうでは 関連して、シモン・ボリバルを調べました。

 

南米北半の独立の立役者、「解放者」であり、

南米圏を中心に「世界で最も銅像が建てられている」とさえいわれる英雄でありながら、

日本の世界史の授業では、一瞬 触れられて終わるシモン・ボリバル

(より正確な表記は、シモン・ボリーバル)。

 

その軌跡は、神代修『シモン・ボリーバル―ラテンアメリカ独立の父』で、わかりやすく辿ることができます。

 

 

「革命に奉仕する者は 海を耕すようなものです」。

 

シモン・ボリバルは、死に臨んで、この言葉を遺しました。

 

周囲の無理解と嫉視に曝されながら 誰も成しえなかった仕事をする人間の孤独、

「日暮れて道遠し」の境地に思いを馳せます。

 

 

先日、生徒から、

「大手予備校で十何年のベテラン講師より、授業がよい。」

と言ってもらいました。

生徒からの評価が励みです。

がんばります。

 

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