小さな「英雄」たち
「ひとは己の願望の主人たり得るが、なんびとも己の願望に事の成り行きを従わせることはできない。」
こんにちは。武蔵野進学セミナー武蔵小金井教室の川原です。
過去の事績から、因果律を学ぶ。
と同時に、歴史を動かした英雄たちに思いを馳せる。
歴史を「読む」ことのおもしろさは、尽きません。
ところで、時代が大きく動くとき、
だからといって常に、幾人かの卓越した天才たちが、他を圧倒する活躍でその時代に君臨していたとは限りません。
ひとかどの英雄と呼ばれるにふさわしい登場人物たちが舞台に上がるのに、
誰一人として、時代の変化を支配するに至らない。
そういう時代を記述した読み物、という意味では、
遥か遠く、ギリシア世界の動乱を取り上げた『戦史』(トゥーキューディデース)と
日本の南北朝時代を描き出した『太平記』
は、似ていると思います。
アメリカでは国際関係論の古典中の古典と言われる『戦史』を読むと、
今から約2500年前には「西洋人の思考の原型」が完成されているのを見てとれて、驚嘆します。
絶頂のアテーナイの破滅。
デマゴーグたちの跳梁。
日替わりの「英雄」たち。
『太平記』。南北朝時代は、混沌の極み。
建武の新政も、足利尊氏の離脱によって、崩壊。
足利側の叛意を感じ取った朝廷は、協議します。
「片言を以て訴へを獄(きわ)むる事、卒爾に出でて制すとも止むべからず。」(『太平記』)
(一方からの訴えだけで裁決してしまうと、速断に走って修正がきかなくなる)
と、朝廷方は慎重たろうとしましたが、既にその時点で足利氏側の叛意は明確だったので、
足利尊氏は朝敵となり、その後の南北朝の動乱へと突入します。
しかし、どちらも一進一退、負けたり、勝ったり。
誰も、その時代の頂点に立てない。立ったと思ったら、引きずりおろされる。
思いのままにならない世界。
おもしろいなあ、と思います。