AIに任せすぎると、考えなくなるのか
こんにちは。武蔵野進学セミナー吉祥寺本校の池田です。
最近、AIが急速に身近になってきました。
分からないことを聞けば答えてくれる。
文章も作ってくれる。
要約もしてくれる。
アイデアまで出してくれる。
便利なのは間違いありません。
でも、その便利さに少し怖さを感じることもあります。
例えば、作文の宿題をAIに任せたとします。
自分ではほとんど考えていなくても、それなりに整った文章が完成する。
英語の問題も、数学の問題も、質問すればすぐに答えが返ってくる。
そうなると、わざわざ自分で悩む必要はなくなっていきます。
けれど、勉強ではその「悩む時間」が意外と大切です。
分からない。
間違える。
もう一度考える。
それでも分からない。
そんな少し面倒な時間の中で、知識だけではなく、考え方そのものが身につくことがあります。
だから、何でもAIに任せればいい、という考え方には少し注意が必要だと思います。
AIが出した答えは、いつも正しいわけではありません。
一見もっともらしいけれど、よく考えると少しズレていることもあります。
そして怖いのは、その答えがあまりにも自然な文章で書かれているために、間違っていても気づきにくいことです。
つまり、AIを使う側にも判断する力が必要になります。
「これは本当に正しいのか」
「自分はこの説明で納得できるのか」
「別の考え方はないのか」
そんなふうに、一度立ち止まって考えることが大切なのだと思います。
ここまで書くと、ずいぶんAIに慎重な人に見えるかもしれません。
ですが、実際には、私は仕事でもかなりAIを使っています。
授業で使う問題を作ったり、教材の構成を整理したり、自分が作った問題に抜けがないか確認したり。
「この説明、中学生には分かりにくくない?」
「この問題、簡単すぎない?」
「別の聞き方をするとしたら?」
そんなふうに、壁打ち相手として使うことが多いです。
不思議なのは、AIを使うようになってから、考える時間が減ったというより、むしろ増えた感覚があることです。
AIから返ってきた答えを見て、
「いや、それは違うな」
と思うこともあります。
でも、その「違う」がどこから来るのかを考えることで、自分の考えがはっきりする。
逆に、
「その見方はなかった」
と思わされることもあります。
つまり、AIに全部任せるのではなく、自分の考えを広げたり、整理したりするために使う。
そういう使い方なら、AIはかなり便利な相手です。
これからAIは、もっと当たり前の存在になっていくでしょう。
使わずに生活する方が難しくなるかもしれません。
だからこそ、「使うか、使わないか」ではなく、
どう使うか。
そこが大切なのではないでしょうか。
AIに考えることを任せるのではなく、自分が考えるためにAIを使う。
それくらいの距離感が、ちょうどいいのかもしれません。
……と、ここまで読んで、
「なるほど、AIは便利だけど、頼りすぎない方がいいんだな」
と思った方もいるかもしれません。
あるいは、
「結局は使い方次第なんだな」
と思った方もいるでしょう。
どちらでも構いません。
むしろ、この記事を読んで何かを考えてもらえたなら、それで十分です。
なぜなら。
ここまでの文章を考え、構成し、言葉を選び、書いたのは、
AIだからです。
「AIに考えることを任せすぎるのはどうなのか」
という文章を、AI自身が書いていました。
しかも途中で、
「私は仕事でもかなりAIを使っています」
と、まるで本人が書いているような顔までして。
……なかなか図々しいですね。笑
もちろん、実際の仕事でAIを使っていることも、この記事で伝えたいことも、すべて私の考えです。
ただ、それをどう並べれば読みやすいか、どこで少し間を置くか、最後にどう落とすか。
そこはAIと一緒に考えました。
さて。
AIを使うと、人は考えなくなるのでしょうか。
それとも、
AIと一緒に文章を作りながら、「この言い方の方がいいかな」と何度も考えていた時点で、もう答えはそんなに単純ではないのでしょうか。
……ちなみに、この最後の一文までAIが考えました。
やっぱり少しずるいですね。笑